ご挨拶

2018・10・21: 本日は裏の聖テモテ教会の日曜礼拝の日で老若男女が大勢つめ掛けています。その喧噪の中で我が愛犬【そらこ】が天に召されました。いつもの様に朝、9時半、家内と一緒に倉庫に出掛け帰り道の時に娘よりの第一報を受けました。苦しみもせず大往生との事でした。14歳と5か月でした。先に来ていた同僚犬の【メープル】共々、兄弟との裁判に疲れた私達の癒し犬でした。あるときには身体が小さいにも拘わらず、グレートデンの様な超大型にさえ向かって行くほどでしたが、家の者にはとても・とてもフレンドリーで誰からも愛され、可愛がられました。。特に孫達のよい遊び相手を努めて呉れました。今、孫達は5歳・5歳・3歳です。今の時間、教会の喧騒が静まった中、寂しさがひとしおです。幼犬の頃に懐に抱いて一緒に寝たたことが、仕事で遅くなっても、家人の寝た中でいち早くきずいて呉れた事でした。次から次へと、アレモコレモ、して上げれば良かった。反省しきりです.普段、滅多な事では涙を見せない私でも、とめどなく流れます.
----------有難う・有難う・有難う--------【そらこ】本名:空----------
2018年10月21日 三書樓書舗 小沼秋成

店名の栞

三書樓書舗
明治中期創業の巌松堂書店【波多野 重太郎氏】の兄弟店として、明治45年迄の数年間、 弟重五郎氏が経営された店名が【三書樓】で有り、私が十一歳の明治45年、最初に 丁稚として入ったのがこの【三書樓】であった大正時代より巌松堂書店出版部と成った、 束の間の店名である。
後に私は巌松堂書店通信販売部創設。
三書樓では出版物も(大場刑法各論)等法学書を中心に約四拾数点を刊行した事であった。 この頃の書店名には自由樓・煙霞樓・五車樓・三書樓等、樓の付く店名が多くあったようです。
【五車樓】には(自由党史 上・下巻)等二十数点の刊行物があった。
 
春明書荘
大正時代初期に設立された巌松堂書店京城支店に私は足掛け3年居ったが これに続き昭和10年代に満州建国大学設立に際し瀧川政次郎先生等の ご要請により新規開店した巌松堂書 店満州新京支店のレッテル(蔵書票) に用いられたのがこの【春明書荘】である。自由が丘西村書店の巌父に 続き都立書房・博文堂書店佐野氏ご兄弟の巌父が支店長として活躍された。
大正3年、私のソウル行きは東京駅が原っぱで無かったので 品川駅から 出発し、大正5年は新しく出来上がった現在の東京 駅に帰着した。
波多野 重太郎翁は晩年、湘南の地で【幽学荘舎】を営なまれた。 巌松堂書店の別宅として。
畏友、戦死された産業書の東雲荘 中島氏、黎明書院 内藤氏、医学書の柴善書店 柴屋善吉氏並 びに本郷各書店に感謝する。
(株)文生書院 創業者父 故小沼 福松の回想より
(平成9年9 月天寿九十七歳)