ご挨拶
2026-07-27
昨日は、恒例の隅田川花火大会でした。家族が揃って花火を観たのは初めてでした。昭和60年新築の我が家の屋上から、浅草国際ホテル越しで多少ちいさめの花火でしたが!当時我が家は父母・夫婦に子供たち3人の構成でした。静岡の畏友・21年前に60歳で肝臓がんのため亡くなられた国友君も東京出張の際には、屋上で何回か花火大会を鑑賞した事でした。7月9・10日で墓参に往きましたが、先方の家族が既に7月6日に墓参に来たようでした。その後何時もの様に焼津お魚市場に立寄り子供たちに冷凍の宅急便で送った事でした。亦往けるかしら!年のせいか多少心配で在ります。今夏は、両親の墓参にも行って来たいです。東日本大震災で崩壊した墓は、親族が再建した模様です。嘗て、昭和14年に亡父が購入した際の同族の小さい墓は如何なったのでしょうか?私には不明です。
三書樓書舗 小沼秋成
店名の栞
三書樓書舗
明治中期創業の巌松堂書店【波多野 重太郎氏】の兄弟店として、明治45年迄の数年間、 弟重五郎氏が経営された店名が【三書樓】で有り、私が十一歳の明治45年、最初に 丁稚として入ったのがこの【三書樓】であった大正時代より巌松堂書店出版部と成った、 束の間の店名である。
後に私は巌松堂書店通信販売部創設。 三書樓では出版物も(大場刑法各論)等法学書を中心に約四拾数点を刊行した事であった。 この頃の書店名には自由樓・煙霞樓・五車樓・三書樓等、樓の付く店名が多くあったようです。

春明書荘
大正時代初期に設立された巌松堂書店京城支店に私は足掛け3年居ったが これに続き昭和10年代に満州建国大学設立に際し瀧川政次郎先生等の ご要請により新規開店した巌松堂書店満州新京支店のレッテル(蔵書票) に用いられたのがこの【春明書荘】である。

全国古書籍商業協同組合理事長時代の父の面影

