ご挨拶

我々三人組は5月の連休を仕事で過ごしました.そろそろ梅雨の時期です。直前の6月3日~7日迄、恒例の寺社巡りに行って来ました。全行程約1450Kmの大旅行を今回も殆ど大川君にお願いしました。
一日目は東京から御殿場新東名高速で東豊田経由、亀山--伊賀--天理--五条--橋本--大門、高野山宿泊(総行程約700Km 朝8時東京発:途中何箇所か休憩を取り、夕方5:00到着。宿坊熊谷寺に逗留、夕食は懐石料理。膳も三の膳迄有り、品数は10品強.【高野山は両親の墓所:水戸六地蔵寺の総本山にあたります.実際は奈良長谷寺ですが。】
二日目は、早朝5:30に、奥之院迄1・9Kmの往復3・8Km杖を頼りに踏破.8:00【奥之院でしか買えない線香を5束購入した事でした.ヨーロッパからの人達も沢山いましたが、中国からの人は少なめでした.】
朝食を済ませ金剛峰寺・壇上伽藍・中門を拝観し、10:30一路那智勝浦に向けて十津川・吉野川の山路(中辺路)を南下。(約170Km.ここは明治時代に北海道新十津川村に移住した十津川村そのものです。山が険しく余り農作物には恵まれていない様でした。吉野林業も未間伐で倒木が多数でした。)午後3:30無事、那智勝浦に到着.ホテルに荷物をおろし、その足で那智大社・大滝を拝観しました.ここでは、中国・台湾・韓国の方が大勢いらっしゃいました.(行程片路約30分)夕食は、地元の居酒屋で、鮪・鰹等魚尽くしでした.
翌朝、三日目:8:30 ホテルで朝食を済ませ、一路伊勢神宮を目指しました.
【行程約170Km、尾鷲より高速伊勢自動車道ガ有り平坦地なので比較的楽でした.【豪雨地帯の為、トンネルが多いです.】午後1時頃、神宮外宮に着き、約3時間お参りをしました.夕食は昨年開業のホテルルートイン伊勢で摂りました。
四日目:朝:7:30朝食、其の儘、神宮内宮へ。中学の修学旅行以来55年ぶりです.以前と違い、今回は、神宮徴古館【迎賓館ト同じ設計者】、神宮美術館・神宮農業館、駐車場はお客様の皇学館大学神道美術館のをお借りする事ができました.無事、午前中に参拝出来ました。【徴古館は静かで穴場です.】
午後12:10の伊勢湾フェリーで伊良湖岬迄所要時間55分です。料金も片道、車一台、大人3人で\6600.でした.知多半島を豊川まで北上し、新東名の島田金谷まで、島田で一泊し疲れをとる行程にしました。ここは、中学校の親友、故国友君がいる場所で、夕食は年1回ですが、もう12回目となる彼紹介の寿司幸の刺身・寿司を堪能しました。帰りには湯吞みを4個頂いたことでした.
追記;来年は愈々、空海由来の、四国遍路八十八箇所の1/4 二十二箇所を回ることが、予定に入り始めました。幸い、ここにも大学バドミントンのOBガ、数名居ります。
2017年06月12日 三書樓書舗 小沼秋成

店名の栞

三書樓書舗
明治中期創業の巌松堂書店【波多野 重太郎氏】の兄弟店として、明治45年迄の数年間、 弟重五郎氏が経営された店名が【三書樓】で有り、私が十一歳の明治45年、最初に 丁稚として入ったのがこの【三書樓】であった大正時代より巌松堂書店出版部と成った、 束の間の店名である。
後に私は巌松堂書店通信販売部創設。
三書樓では出版物も(大場刑法各論)等法学書を中心に約四拾数点を刊行した事であった。 この頃の書店名には自由樓・煙霞樓・五車樓・三書樓等、樓の付く店名が多くあったようです。
【五車樓】には(自由党史 上・下巻)等二十数点の刊行物があった。
 
春明書荘
大正時代初期に設立された巌松堂書店京城支店に私は足掛け3年居ったが これに続き昭和10年代に満州建国大学設立に際し瀧川政次郎先生等の ご要請により新規開店した巌松堂書 店満州新京支店のレッテル(蔵書票) に用いられたのがこの【春明書荘】である。自由が丘西村書店の巌父に 続き都立書房・博文堂書店佐野氏ご兄弟の巌父が支店長として活躍された。
大正3年、私のソウル行きは東京駅が原っぱで無かったので 品川駅から 出発し、大正5年は新しく出来上がった現在の東京 駅に帰着した。
波多野 重太郎翁は晩年、湘南の地で【幽学荘舎】を営なまれた。 巌松堂書店の別宅として。
畏友、戦死された産業書の東雲荘 中島氏、黎明書院 内藤氏、医学書の柴善書店 柴屋善吉氏並 びに本郷各書店に感謝する。
(株)文生書院 創業者父 故小沼 福松の回想より
(平成9年9 月天寿九十七歳)