ご挨拶

昨日の東京洋書会で懐かしい雑誌を買いました。その名は【東大春秋】東大春秋社発行。第1巻1号~4巻2号まで17冊 揃(1934~1937) 古本屋は広告が7軒:昭晃堂書店・帝文堂・文久堂書店・【井上書店】・島崎書院・細貝書店・【棚澤書店】です。玉屋眼鏡店----ここは誠之小学校の同級生(竹中さんの実家です.)---- 喫茶店は多数です。赤門森永・ポーラリス・ドム・燕楽軒・エジプト・【その名の如く黒き瞳の乙女君を待つ】BULACK BIRD・茶寮ボーテ・茶寮三四郎・レナー・しるこ梅月・藪蕎麦・喫茶窓・淳喫茶ⅮORIAN・梅寿司・鉢ノ木・オアシス・ミルクホールテラオ・茶寮十一番・鍋料理百万石・喫茶白十字・高級喫茶モロッコ・しるこ竹仙・茶房南国・酒松好・呑垚

東大春秋社は転々としながら、昭和10年頃、一時、本郷区森川町122に居りました。【広告業;雑誌研究社として。】---------私は子供の頃~成人後も、森川町55番地で育ったのでした。-----------
 
出版社は三一書房・プリント啓明社・白揚社・唯物論研究会・三省堂・河出書房・文化集団社【細田民樹:犬吠岬心中】・日独書院・前奏社・橘書店・改造社・アルス・大学書林・平凡社・南山堂書店・刀江書院・清和書店・共立社・世界文化社・
音楽世界社・帝大プリント聯盟・三笠書房・ナウカ社等

2018年05月16日 三書樓書舗 小沼秋成

店名の栞

三書樓書舗
明治中期創業の巌松堂書店【波多野 重太郎氏】の兄弟店として、明治45年迄の数年間、 弟重五郎氏が経営された店名が【三書樓】で有り、私が十一歳の明治45年、最初に 丁稚として入ったのがこの【三書樓】であった大正時代より巌松堂書店出版部と成った、 束の間の店名である。
後に私は巌松堂書店通信販売部創設。
三書樓では出版物も(大場刑法各論)等法学書を中心に約四拾数点を刊行した事であった。 この頃の書店名には自由樓・煙霞樓・五車樓・三書樓等、樓の付く店名が多くあったようです。
【五車樓】には(自由党史 上・下巻)等二十数点の刊行物があった。
 
春明書荘
大正時代初期に設立された巌松堂書店京城支店に私は足掛け3年居ったが これに続き昭和10年代に満州建国大学設立に際し瀧川政次郎先生等の ご要請により新規開店した巌松堂書 店満州新京支店のレッテル(蔵書票) に用いられたのがこの【春明書荘】である。自由が丘西村書店の巌父に 続き都立書房・博文堂書店佐野氏ご兄弟の巌父が支店長として活躍された。
大正3年、私のソウル行きは東京駅が原っぱで無かったので 品川駅から 出発し、大正5年は新しく出来上がった現在の東京 駅に帰着した。
波多野 重太郎翁は晩年、湘南の地で【幽学荘舎】を営なまれた。 巌松堂書店の別宅として。
畏友、戦死された産業書の東雲荘 中島氏、黎明書院 内藤氏、医学書の柴善書店 柴屋善吉氏並 びに本郷各書店に感謝する。
(株)文生書院 創業者父 故小沼 福松の回想より
(平成9年9 月天寿九十七歳)